信号山の南麓にあるドイツ風の建築物。これは本来は提督の官邸で「提督楼」と呼ばれていました。また建物の大部分が花崗岩を切り出して作られていることから、「石頭楼」とも呼ばれました。この石頭楼はドイツの建築家によって設計され、1903年に着工、1908年に完成しています。 高さ30m、建築面積4,080平方米の建物は、100万ドイツマルクを費やして建てられました。内装は絢爛豪華で、厨房、会議室、ダンスホール、食堂、寝室のほか、噴水や水槽が飾られ、さらには総督の安全を守るための兵員も詰めていたとのことです。
1949年6月の青島解放後、当時の政府は提督楼という名称を迎賓館と改めるとともに、1957年には大改装を行って26,000平方米の大庭園を造りあげ、園内には様々な花木が植えられました。 1984年青島市人民政府は迎賓館を市の重点文物保護単位に指定、1992年には山東省が省の文物保護単位に指定して、青島の著名な建築物として現在に至っています。 路線バス:1,25番。斉東路下車
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